@ネパール旅行
私は雨が降らない限りリハビリのために歩きます。何年経っても楽しい散歩ではなく、歩行訓練です。何か目的をもって歩行するために、毎日葉書をポストに投函するのも日課のひとつです。
その甲斐あって1994年に「ヒマラヤ観光不定期便の開設記念」のネパール行き往復航空券とBクラスのホテルのセット一人分の懸賞に当選しました。第二の人生初めての海外旅行なので主治医に相談した結果飛行機酔いも高山病も心配あるまいが、介助者を連れて行ったほうがよかろうと言うことなので、もう一人分を自費で申し込み、ホテルのグレードアップ現地発のツアーも手配して参加しました。
ネパールは日本人観光客がやっと訪れはじめたばかりで「バリアフリー」などという考えも無い頃なので、私が皆様と全行程をご一緒するのは無理なので適宜手抜きをすることにしました。
出発から帰国まで同行する添乗員の同意を得るのはなかなか難しい様ですが、今回は現地発のツアーですから、ネパール人のガイドに「皆さんが丘の上の寺院を見学する間私はここで待っています。私は足は不自由ですが英語は自由に話せますから子供たちと話をしています。どうぞ大勢の耳と口が不自由な方の案内に行ってください。」と言って簡単に同意を得ました。介助人は一番下の娘なのですが皆さんといっしょの行動で結構であとは荷物の世話と何かのときにhelp me!と叫んで駆け回ってくれればよいと思っています。
Aアメリカ西部の旅
1995年のラスベガスの旅は、付き添ってくれるはずの娘が急病で行けなくなり一人で参加しました。この旅のメインイベントであるグランドキャニオン観光の朝、集合場所のホテルのロビーに行く途中で荷物の台車に追突され転倒し、救急車で運ばれせっかくのチャンスを不意にするアクシデントに遭いました。幸いホテルの従業員が事の始終を目撃していたお陰でホテル側と無駄なトラブルは避けられましたが、やはり介助者がいない旅は危ないと感じました。普通ヒヤリ、ハットですむものが私たちでは事故になります。
Bパリ旅行
これも灘の蔵元の懸賞に当選し(笑)関西空港からパリへ飛びました。
関西空港は成田空港より車椅子のエレベーター利用にゆとりがあります。途中乗り換えのロンドンのヒースロー空港ではターミナル間の車椅子の移動も可能でした。パリのルーブル美術館は車椅子も常備され対応もたいへんよいものでした。昔の記憶を頼りに「この階段を上がるとあの絵がある」と思っても、遠くのエレベーターまで引き返さねばならぬ不便はありますが…。
Cフィジー旅行
健常者50人に障害者10人の混成部隊で、特に10名の公式訪問段に選出された2名の障害者にとっては聊か重荷でした。
Dオーロラを見る旅(ノルウェー・実現せず)
2000年の12月の旅を近くの旅行代理店に申し込んだが、2001年の3月の障害者向けオーロラツアーに参加してほしいと断られました。冬至の頃に比べ春分の頃ではオーロラ観測の可能性が甚だしく悪くなると説明しても「障害者には十分なサービスができない、事故のときに困る。」と障害者は健常者と一緒に旅行できないと言わぬばかり、こちらがキレてしまい参加しませんでした。
質疑応答